蒼森家の、朝の風景――
陽鞠 「ふう、やっぱりあー[姉/ねえ]のご飯は美味しいですね」
星里奈 「陽鞠は山の中でなにを食べてるんだ?」
陽鞠 「レトルトとかカンヅメとか。あと、お父さんがどっかで手に入れてきたレーションとかです」
渚沙 「ワイルドな生活ね……あたしには絶対無理だわ」
涼太 「変な木の実とかキノコとかは食うなよ」
陽鞠 「忘れたんですか、陽鞠はキノコ、大嫌いです。キノコって名前の人がいたら即座に殴るほどです」
涼太 「それは了見が狭すぎると思うが」
陽鞠 「昔、変なキノコを食べて、七日ほど生死の境をさまよいましたからね……」
涼太 「そういや、そんなことあったな……」
生還して、すぐに元気いっぱいになってたけど。
涼太 「キノコじゃなくても、迂闊に山のものを食べるのはやめといたほうがいいな。腹壊すぞ」
陽鞠 「大丈夫です、現地調達は最後の手段ですよ」
涼太 「最終手段を取る前に下山しろよ……完全に野生化されても困る」
それこそ、祭に山狩りしてもらわなきゃいけなくなる。
歩 「さて」
歩 「みなさん、普通に話してますが……私から言いたいことがあります」
陽鞠 「どきっ」
歩さんの言葉に、陽鞠が顔をこわばらせる。
歩 「陽鞠さんの趣味はよく知っています。もちろん、趣味に口を出すつもりはありません」
歩 「ただ……長くお留守にしすぎではないでしょうか? もう補習も始まっているんですよ?」
陽鞠 「ご、ごめんなさい……つい、調子がよくて山から山へ歩いてたら……」
山歩きに調子がいいとか悪いとかあるのか……。
歩 「あなたをうちでお預かりしている以上、私には陽鞠さんに責任があるのですよ」
陽鞠 「は、はい……」
陽鞠の親父さんは元自衛官で、今はジビエ料理の店を経営している。
野生の獣の食材を使った料理――だそうだけど、この田舎町ではそういう特殊なお店はあまり流行らず……。
仕方なく別の街に出て、そこで新たに店を構えることになった。そして、陽鞠のお母さんもそれについて行っている。
当然陽鞠もそっちの街に呼ばれたが、陽鞠はこの町での生活を選び、結果として蒼森家に預けられたというわけだ。
陽鞠 「あの、あー姉」
歩 「なんです?」
陽鞠 「よかったら、今度一緒に山に行きませんか? 保護者つきなら少々無茶してもいいですよね?」
歩 「……あの、前から気になってたんですが、どうしてそこまでして山をウロウロしてるんですか?」
陽鞠 「え? 鹿とかイノシシだって理由もなくうろついてますよ?」
歩 「あなたは人間でしょう! というか、本当にイノシシがいるんですか! 危ないじゃないですか!」
陽鞠 「イノシシは、対処を間違えなければ決して怖い動物ではありません」
歩 「一歩間違えたときのダメージが大きすぎるんです!」
陽鞠 「……あー姉のほうがよっぽど怖いです」
歩 「なにか言いました?」
陽鞠 「いっ、いえっ! せり姉のほうが怖いです!」
星里奈 「ほう……久々に私の怖さを身体で味わってみるか?」
陽鞠 「ああっ、どちらに進むも地獄です!?」
涼太 「陽鞠が丁寧に地雷を踏んでいってるだけだと思うが……」
もっとも敵に回しちゃいけない二人だぞ、歩さんと星里奈は。
歩 「一度、陽鞠さんとはじっくり話し合ったほうがよさそうですね」
星里奈 「同感だな」
陽鞠 「あうあう……」
ガタガタ震えてるけど、助けようがない。
一度、こってり絞られたほうが陽鞠のためにもなりそうだしな。
陽鞠、骨は拾ってやるからたっぷり叱られておけ。
今日の補習は、午前で終了。
歩さんは用があるというので、昼食は外で済ませることになり――
涼太 「この店に来るのもけっこう久しぶりだなあ」
渚沙 「まあ、帰りにコーヒーとか、そんな優雅な身分でもないしね」
祭 「いやいや、身分など気にせず来てくれてよいのだよ、皆の者」
渚沙 「そのドヤ顔がイラッとくるわ……」
祭 「それほどでも! おっと、ご挨拶を忘れてた。いらっさいましー」
渚沙 「というか、いつの間に先回りしてたのよ、祭ちゃん?」
祭 「私はここの看板娘だから! 休みがちだけど!」
質問の答えになってないけど――
そう、祭はこの喫茶店でアルバイトをしている。
山奥から通学して、家の畑の手伝いをして、おまけにバイト……。
涼太 「おまえはいったいなにでできてるんだ?」
祭 「失礼なことを言われても大丈夫! 怒らない! 今は看板娘モードだから!」
星里奈 「そうか、なにをやってもOKなのか……祭は頑丈そうだし、遊び甲斐がありそうだ」
祭 「ウェイト! いちのんはダメダメ! いちのんに好き放題にやられたら、さすがの祭さんも血祭りだ!」
涼太 「上手いことを言えてるような、全然言えてないような」
とりあえず、怖いもの知らずの祭でも星里奈は恐ろしいらしい。
涼太 「なんでもいいんだけど、昼飯を食いにきたんだよ」
祭 「あい、よろこんで!」
……ここって、喫茶店だよな?
陽鞠 「でも、そのウェイトレス服、可愛いですね。あ、服に着られてる感とかは別にないですよ」
祭 「その付け足しはいるの!?」
わざわざ否定することで、口に出さずにいた気遣いが台無しに。
涼太 「まあ、田舎町の喫茶店とは思えない可愛いデザインだけどな」
渚沙 「かっ、可愛い!?」
祭 「……アズは、当店の自慢のウェイトレスになにか不満でも?」
渚沙 「ああっ、そういうことじゃなくて」
渚沙 「……あたしもここでバイトしてみようかなあ。あのバカがストレートに褒めるなんて……」
なにをブツブツ言ってるんだ、渚沙は……?
星里奈 「ウェイトレスがどんな服を着てても腹の足しにはならない。注文を済ませよう」
星里奈 「私はご飯と鯖の塩焼き、筑前煮、大根のみそ汁。あとは納豆と生卵もつけてもらおうか」
祭 「うちは喫茶店だよ!」
渚沙 「あたしはカルボナーラとミニサラダかな」
祭 「だから喫茶店だって!」
涼太 「喫茶店ならあるだろ!」
祭 「あ、そうだった。つい、反射的に」
こんなバイトを雇っていて大丈夫なのか、この店は。
陽鞠 「ボケとツッコミの応酬はいいので、ご飯にしましょう。腹減りですー」
陽鞠 「あ、陽鞠は軍用レーションの持ち合わせがあるんですけど、お兄さんたちも食べません?」
祭 「当店は持ち込みは認めておりません!」
涼太 「陽鞠も充分ボケてるからな……」
持ち込むにしても、レーションはないだろ、レーションは。
とりあえず、俺も腹減ったからさっさと食いたい。
(to be continued…)