あの夏から、あっと言う間に1年という時間が過ぎ去った。
俺たちはというと、相変わらず、だ。
渚沙 「………」
渚沙は、寝転がって真剣な顔で本を読んでいる。もちろんラノベだ。
異世界で魔王がなんとかで剣と魔法がどうとかするという内容らしい。
渚沙 「………」
凄い真剣な顔で読むんだなと、俺は思わず渚沙の横顔に見入ってしまう。
渚沙 「……ぷっ」
あ、笑った。なんか面白いところだったみたいだ。
渚沙 「……ん?」
視線を感じたのか、渚沙はふと顔を上げてこちらを向いた。
渚沙 「もしかしてあたしのこと見てた? なに?」
涼太 「いや、ずいぶん真面目な顔で読むんだなと思ってさ」
渚沙 「観察してたわけ? 悪趣味ねぇ」
渚沙 「あたしなんて見てないで、一緒に読みましょうよ。結構面白いわよ、これ」
涼太 「じゃあ読み終わったら貸してくれ。この間のやつは面白かったし、俺も新規開拓しないとな」
渚沙 「オッケー」
大した変化ではないかもしれないけれど、俺はラノベを読むようになった。
渚沙が好きなものを知りたい、というところから始めたのだが、真剣に読み始めてみるとこれがかなり面白い。
今ではすっかり俺もはまってしまっていて、お互いに面白かったタイトルを勧めあったりしていた。
渚沙 「そう言えば、りんかから連絡きてたわよ。今年の旅行の件」
涼太 「……そろそろ決めないといけない時期か」
りんかとは、その後も定期的に一緒に遊んでいた。
毎週、とはいかないまでも、結構頻繁に顔を合わせている。
去年はりんかが計画を立てての旅行だったため、今年は渚沙が立てろ、という話を以前していたのだ。
曰く、“なぎもこの苦労を味わえ”だそうだ。
渚沙 「あたしが全部決めていいのよね?」
涼太 「もちろん」
渚沙 「それなら、あたし京都行ってみたいなぁ。……ラノベの取材も兼ねて」
渚沙の大きな変化は、読むだけでなくラノベを書くようになったことだろう。
……身内びいきを込みにしても、渚沙の書くラノベはプロの書くそれには遠く及ばない。
しかし、渚沙はいつかは自分も本を出してみたい、と語っていた。
最近の渚沙は、文章を書くことをきっかけにアクティブになった気がする。
自分に自信がない、とただ泣いていたか弱い女の子の面影は、もう今の渚沙にはなかった。
文章を書く渚沙は、好奇心旺盛で、行動的で、感受性が高くて、時折暴走もするけどそれがまた面白い発想だったりして……。
いつもキラキラと輝いていて、その姿に嬉しさを感じると同時に、ドキドキしてしまうのだった。
涼太 「京都、いいんじゃないか? 星里奈も好きだろ、ああいうところ」
渚沙 「星里奈と京都、なんか妙に似合ってるわね……」
星里奈も、相変わらずの生活を送っていた。
普段は剣道の出稽古や自主練習で忙しそうにしている。
それでも、みんなで遊ぼう、と約束したときはきちっと時間を作ってくれていた。
渚沙 「陽鞠は……京都なら大丈夫ね」
涼太 「いや、有名な山があるところだと、逆に登山しないなんてあり得ない、とか言い出しそうじゃないか?」
渚沙 「あ、ありそうね……」
陽鞠も変わらない山ガール生活を続けている。
ただ、最近は近所の山にある石像が気になるらしく、ホタルと一緒になって色々調べているらしい。
……あいつはいったいどこへ向かおうとしているのだろうか。
涼太 「旅行は予算もあるんだから、最初にあんまり夢膨らませすぎるなよ」
渚沙 「はーい」
軽やかに返事をして、渚沙は再び読書に戻る。
今日は夏休みの最終日。
本当なら色々やっててもいいはずなのだろうが、やっぱり俺たちは変わったところがあっても変わらないんだな。
渚沙 「……ん? どうかしたの?」
涼太 「俺たちは変わらないな、って思って」
渚沙 「そうかしら? 結構変わったと思うわよ」
涼太 「へ?」
予想外の返事が来て、少し驚く。
涼太 「たとえば?」
渚沙 「“ひみつでんわ”」
涼太 「ああ。そういえば」
りんかを含めた俺たち五人が持っていた能力は、ここ半年くらいで急速に弱まり始めていた。
渚沙 「あたしの“ひみつでんわ”も、ほとんと会話が成立しないし」
渚沙 「星里奈の“あしたよほう”はもう半年以上、新しい予知を見てないんでしょう?」
涼太 「らしいな」
俺の使える“こころえのぐ”も試しに使ってみたが、手応えとでもいうようなものがどんどん小さくなっていた。
涼太 「こうなってくると、いつか俺たちは自分がこんな能力を使えたこと自体、忘れていくのかな……?」
今はまだいい。使えてた時の実感がまだ残っている。
だけど、10年、20年と経つごとに、その実感も薄れていき……。
やがてはそんな能力があったこと自体が、妄想だったように感じられてしまうのではないだろうか。
渚沙 「そんなこと、絶対にあり得ないわ」
涼太 「……渚沙?」
渚沙 「だってあたしは、この能力があったからリョータと恋人になれたんだもの」
涼太 「…………」
そんな惚気を堂々とされると、さすがに照れる。
渚沙 「リョータはあのとき、“魔法はいつか解ける”って言ったわ」
渚沙 「リョータの言いたいこと、わかってるつもりよ。あたしも、いつまでも頼ってちゃいけないと思う」
渚沙 「それでも、あたしたちを繋げてくれたこの能力には感謝しているし、忘れられない大切な思い出でもあるわ」
渚沙の言う通りだ。
変わっていくものもあれば、変わらないものもある。
普段はバラバラでも、いざというときはいつでも一致団結できる幼なじみグループのように。
俺たちの間にあった特別な絆の記憶も、きっと……。
渚沙 「……って、なんであたしだけに恥ずかしい台詞喋らせておいてリョータは黙り込んでるのよ!」
涼太 「いやいや、おまえが勝手に語り出したんだろ」
渚沙 「なによー。彼氏なら、すかさず“渚沙、愛してる”……くらい言えないわけ!?」
涼太 「言えるか!!」
涼太 「背筋がぞわぞわするわっ!」
渚沙 「愛が足りないわ~。これが倦怠期ってやつね!?」
涼太 「うっせ。バーカ、バーカ。おまえはラノベでも読んでろ!」
渚沙 「は? 言われなくても読むし。そして超面白いけど、やっぱりリョータに貸すのやめる」
涼太 「え……。それは勘弁してください」
渚沙 「ふふっ。バーカ」
変わっていないようで、変わっているところもあって、でも、やっぱり変わっていない。
俺たちの関係は結局そんな感じらしい。
涼太 「……渚沙」
渚沙 「ん?」
涼太 「好きだぞ」
渚沙 「あたしも。大好き」
俺たちは、これまで通り時間を重ねていく。
これからも、ずっと一緒に。
(fin.)
約束の夏、まほろばの夢 ポケット・ストーリー 東渚沙編を最後までご覧頂き、ありがとうございました。
東渚沙編はこれにて完結となります。
ですが、製品版ではさらに渚沙のアフターストーリー&アフターHシーンがお楽しみいただけます。
発売は5月25日(金)ですので、ぜひ製品版で渚沙と涼太のその後を追ってみてください!