涼太 『今、クローゼットの前にいる』
渚沙 『う、うん……』
渚沙 『この扉の先に、リョータが……』
涼太 『本音を言えば、できるなら能力じゃなくて面と向かって話がしたい』
渚沙 『……ごめん。それは、まだ心の準備ができてない』
涼太 『わかった。それは、今はいいよ』
渚沙 『ありがとう。……それとね、話をする前に一つだけお願いがあるの』
涼太 『お願い……?』
渚沙 『うん。また、あたしに“こころえのぐ”をかけて……?』
涼太 『それは……』
これまでなにか重大な告白をするときに、渚沙が俺にお願いし続けてきたこと。
渚沙にとっての、勇気の魔法……。
涼太 『……渚沙、それは今回は止めておかないか?』
渚沙 『お、お願い。一生のお願いよ……。最後だから。これで最後にするから……』
渚沙 『だから、最後にもう一度だけ……あたしに魔法をかけてほしいの』
涼太 『……………………』
涼太 『わかった』
涼太 『渚沙、使うぞ』
渚沙 『う、うん』
俺は、渚沙のいるクローゼットに向けて、人差し指を振るった。
涼太 『……どうだ?』
渚沙 『……うん。ありがとう、リョータ』
渚沙 『あたし、これでちゃんとできそうだよ』
渚沙 『……でも、リョータの顔見ると、きっとちゃんと話せなくなっちゃうから、このまま話させて』
涼太 『……渚沙が話すのか?』
本来、今日の渚沙は聞く立場だったはずだ。
渚沙 『……うん、あたしが話したいの』
涼太 『……わかった』
渚沙 『うん……』
どう話そうか迷っているように、渚沙はしばらく黙った。
渚沙 『えっとね……とりあえず、色々ゴメン。あたしが言い出したことだったのに……』
涼太 『……怒ってないって言ったら嘘になるけど……うん、りんかが気にしてないって言ったから、その件は許す』
渚沙 『うん……。ありがとう……』
渚沙 『……三人でデートした日からあたし、ずっと考えてたの……』
渚沙 『色んなこと、ずっと、たくさん……』
渚沙 『でも、考えるほど、どんどん怖くなっちゃって……。どうしてあんなこと言い出したんだろう、って後悔もした』
涼太 『……怖いのは俺だって同じだったぞ』
渚沙 『……リョータも?』
涼太 『自分の本当の気持ちが、どうすれば大切な人に届くんだろう、ってずっと考えてた』
言葉は無力だ。
今この瞬間にだって、俺たちのコミュニケーションはすれ違い続けている。
渚沙 『そっか……。リョータは優しいから』
それでも俺たちは伝え続けなければならない。
いつか、わかりあうために。
涼太 『優しいとか、関係ないだろ』
渚沙 『あるよ』
渚沙はきっぱりと言い切る。
渚沙 『優しいから、はっきり言うのが難しいんだよね』
涼太 『……先に言っておくが、俺はこれっぽっちも優しくないぞ』
渚沙 『うん……。でも、あたし、もう覚悟はできてるから』
涼太 『……覚悟?』
渚沙 『……だから、あたしのことは気にしないではっきり言ってくれていいよ?』
渚沙 『答え、わかってるよ。リョータがどっちを選ぶか……』
本当にこの女は、好き勝手言ってくれる。
このあと、いったいどうしてくれようか……。
渚沙 『そんなの、あえて聞かなくたってわかるのにねー。……あたしってバカだな』
涼太 『……ああ、おまえはバカだ。正真正銘のバカ女だ。俺が保証してやる』
渚沙 『……うん』
渚沙 『リョータも、あたしに気を遣わないでね。あたしは……リョータのことならなんでもわかってるんだから』
渚沙 『あたしはね、リョータのことをずっと見てきたの。子供の頃からずーっと』
渚沙 『だから、リョータがりんかのことを好きだったことも小さいときから気づいてたのよ』
渚沙 『りんかが、リョータのことを好きなことにも気づいてた。二人が両想いだってことに気づいてて、でも黙ってたの』
渚沙 『あたしってズルイ女だよね~』
涼太 『渚沙……』
渚沙 『きっと、そのツケが今になって回って来たんだわ。……だから、もう観念した』
渚沙 『ズルイ女はもう卒業。ちょっとでも成長して、いい女になろうとしなくっちゃね』
渚沙 『そうしないと、あたしはいつまで経っても、自分のことを好きになれないから……』
渚沙の声が、微かに震えていた。
渚沙 『だから、あたしに意地張らせて。……って言っても、リョータの顔見てるときっと受け止められないから……』
渚沙 『だから、今ここで言ってほしいの』
渚沙 『遠慮しないであたしを振って』
それは、予想通りの答え。
……だからこそ、怒りが湧き上がってきた。
涼太 『……渚沙からは、それだけか?』
渚沙 『……うん』
涼太 『そうか。なら今度は俺が話す。……いいか、よく聞け』
渚沙 『……リョータ?』
渚沙がなにか不穏な空気を察したのか、不安げな声をあげた。
涼太 『渚沙、おまえはバカだ。どれくらいバカかと言うと、今この世界で十指に数えられるくらいの、大バカだ』
渚沙 『え……。いや、さすがにそこまでバカじゃな……。……なんの話してるの?』
涼太 『どこの世界に、無人島に一つだけものを持ち込むとしたらなにがいい、という質問に、ラノベと答えるバカがいる』
それは、過去の渚沙が実際に回答したものだ。
渚沙 『そ、その話は今、関係ないでしょう!』
涼太 『この世には“考えることができないバカ”というものが存在する。だが、同時に、“考えるバカ”もいる』
涼太 『この二つの違いが、おまえにわかるか?』
渚沙 『……だ、だから、リョータはさっきからなんの話をしているの?』
戸惑いの声を上げる渚沙を無視して、俺は話をつづけた。
涼太 『考えないバカは、ちょっと考えればわかるようなこともわからないから、なにもしない。……見方を変えれば無害だ』
涼太 『しかし、考えるバカは考えた結果、誰もが想像もしていなかったことをしでかす。……つまり渚沙、おまえのことだ』
渚沙 『ひ、酷くない……?』
涼太 『酷くない!!』
涼太 『むしろ、酷い目にあってるのはおまえに付き合わされている方だ!!』
渚沙 『ひぃ!?』
俺の突然の大声に、渚沙は怯えたような悲鳴をあげた。
涼太 『おまえは話を聞いてくれ、という俺やりんかの言葉を聞いて、“わかった”と言う』
涼太 『そして、“あんたたちの言いたいことはすべてわかっているわ”、だ! いいか、俺たちは話を聞け、と言ったんだ!』
涼太 『おまえは黙って人の話を聞くこともできないのかっ!!』
渚沙 『ひぃ! ご、ごめんなさい……』
涼太 『本当におまえはわかってるのか!? 怒られているからただ謝るだけなら、小学生にだってできる!』
渚沙 『ううっ……』
涼太 『おまえみたいな大バカ女は、この先一生もらい手なんて現れないぞ!』
渚沙 『な、なにも、そこまで、言うことなくない!?』
渚沙 『あ、あたし、確かにバカかもしれないけど、そんなに……そんなに、ダメな人間かなぁ!?』
渚沙は、バカだ。……だけど、ダメ人間か言えば……。
涼太 『いいや、ダメじゃない』
(to be continued…)