りんかが帰る日が近付いて来た。
渚沙とりんかへの答えは、りんかが帰る前日に出すことになっていた。
俺は、渚沙の“ちゃんと考えて”という言葉通り、もう一度ちゃんと考え直してみることにした。
思い返してみれば、俺は渚沙に信じてくれ、と言うばかりで、渚沙のお願いをちゃんと聞いてこなかった気がする。
そうしたことの積み重ねが、今の俺と渚沙の信頼関係を作っているのだろう。
だから、渚沙に言われた通り、この数日はずっと考え続けている。
もう答えが出ている問いだと思わずに、もう一度、真剣に、慎重に、俺が心から想っている人は誰かのか……。
俺が本当に好きなのは、渚沙なのか、それともそれ以外の誰かなのか、ということを繰り返し自分に問いかけ続けた。
いつもの朝食の時間も、終わりのときが近付いているという切なさがどことなく流れていた。
りんか 「あー、歩さんのごはんが食べられるのも、もうあと数日なんだねぇ」
歩 「寂しいですねえ。りんかさんが来てくれて、すっかり食卓が賑やかになったのに」
星里奈 「りんが人並外れて騒がしいということだな」
陽鞠 「でも、りんちゃんが来てからおかずが一品増えました」
涼太 「あ、そういえば……」
渚沙 「……ちょ、朝食なら二品、夕食なら三品だったのが、いつのまにか一品ずつ増えてたわね……」
歩 「最初はりんかさんはお客さん扱いでしたから」
歩 「でも、喜んでたくさん食べてくれるのが嬉しくて、結局そのままになってました」
涼太 「確かに、りんかは美味そうに食べるからな」
りんか 「ほんら、ひほほ食いひんほーみひゃいに言わなひれほ。モグモグモグ」
渚沙 「……く、口いっぱいにご飯頬張りながら言っても説得力ないわよ」
星里奈 「りんが帰ったら、また一品減ってしまうのか?」
歩 「そうなりますね」
陽鞠 「りんちゃん、帰らないで」
りんか 「おかず一品目当てで引き留められても微妙だよ……」
歩 「うふふ。おかずの件は考えておきますよ」
本当に、りんかが来てから食卓は賑やかになった。
なんとなく疎遠になっていた星里奈や陽鞠とも、また気軽に話をするような関係に戻れた。
りんかが帰ったら、また以前みたいに戻ってしまうんだろうか……?
りんかのいなくなった食卓を、正直今は想像できない自分がいる。
星里奈 「本当に帰るのか?」
星里奈がポツリと言った。
りんか 「そりゃ帰るよ。授業もあるし。……なになに、帰ってほしくないとか?」
星里奈 「……そんなことは言ってないが」
りんか 「ちぇ~。言ってくれてもいいじゃんよ~」
陽鞠 「でも、ちょっと寂しいです。記憶、少しずつ戻ってきたみたいなんですよ」
星里奈 「私もだ」
歩 「記憶って、昔のりんかさんのことですか?」
記憶を消されていない歩さんは、なんのことかわからず不思議そうだ。
星里奈 「実はりんとは昔よく遊んでいたらしいのだが、あまり覚えてなくてな」
星里奈 「でも、ひとつ屋根の下で一緒に過ごしていたせいか、だんだん思い出してきたみたいなんだ」
歩 「……そうだったんですか。よかったですね」
星里奈が落ち着いて答えてくれたおかげで、歩さんはすんなり納得してくれたみたいだ。
陽鞠 「昔はもっと、なにをするにも一緒だったような気がします」
食べながらの何気ない言葉だったけど、その声はどこか寂しそうにも聞こえた。
りんかと過ごしたのは、この夏の短い間だけ。しかも最初は記憶が取り戻せていなかった。
でも、その短い間で、りんかは思っていた以上にみんなに受け入れられていたんだな。
りんかとの繋がりを感じていたのが自分だけじゃないことがわかって、俺は嬉しくなった。
りんか 「みんな、ありがと」
りんか 「わたしも、もうちょっとみんなといたかったけど……」
りんか 「でももう夏休みも終わりだし、やっぱり帰らないとね」
りんかは、決意のこもった顔で言って微笑む。
りんか 「でもまだ夏休みが終わったわけじゃないよ~。最後までめいっぱい遊ぼうよ!」
陽鞠 「そうですね、遊びましょう!」
涼太 「いや、明日も明後日も補習だぞ」
りんか 「えー、まだ補習あるの!? 夏休みの意味!?」
陽鞠 「………」
歩 「まあ大変、陽鞠さんが白目剥いてます」
星里奈 「意識をなくして現実逃避したか」
りんか 「そうかあ、残念。でも、この夏はほんと、楽しかったな」
りんかは、もう懐かしむように言っている。
渚沙 「……まだ、終わってないでしょ」
りんか 「あはは、そうだね~」
りんか 「よし! 最後まで田舎ライフを楽しむぞ!」
渚沙 「い、田舎で悪かったわね!」
歩 「おかず一品没収ですね」
歩さんが、りんかの玉子焼きの皿を取り上げた。
りんか 「わあー! 最後に食べようと思って取っておいたのに!」
陽鞠 「食べたいものは最初に食べないとダメです。モグモグ」
りんか 「そんな~」
渚沙 「……バカねえ」
涼太 「あはは」
そんな感じで、最後の数日は驚くぐらい静かに過ぎて行った。
涼太 「あー、終わった終わった。これで補習も完了だ」
渚沙 「夏休みもあと数日だけどね」
陽鞠 「あの、陽鞠よくわからないんですが、夏休みってなんなんでしょう?」
星里奈 「考えるな。感じろ」
陽鞠 「感じられません~~~~」
りんか 「おーーーい!」
校門を出ると、そこにりんかがいた。
俺たちを待っていたみたいだ。
涼太 「どうしたんだ?」
りんか 「補習、もう終わりなんでしょ? これからみんなで遊びに行かない?」
涼太 「遊びに?」
答えて、みんなの方をうかがう。
星里奈 「まあ、いいのではないか?」
陽鞠 「陽鞠もオッケーですよ。山でかくれんぼでもしますか?」
渚沙 「……それ、陽鞠のこと絶対見つけられないから」
りんか 「山より川がいいかな~。バーベキュー、楽しかったし」
涼太 「じゃあ、みんなで川遊びでもするか」
りんか 「うん!」
俺たちは小さな子供の頃に戻ったように、日が暮れてクタクタになるまで遊び倒した。
りんか 「おかわり!」
渚沙 「……また? もう三杯目じゃない?」
りんか 「たくさん動いたから、お腹減っちゃって」
星里奈 「太るぞ」
りんか 「う……実は、ここに来てからちょっと太った……」
歩 「そういえば、少し顔が丸くなったような……」
りんか 「やめて~~~~~!」
俺が渚沙とりんかのどちらかをを選ぶなんて話は、まるでなかったかのように、時間は過ぎていった。
りんか 「じゃあ、わたしは寝るね。おやすみ~」
渚沙 「……う、うん。おやすみ」
涼太 「また明日な」
りんか 「うん」
……でも、確実に約束の日はやってこようとしていた。
(to be continued…)