渚沙 「お風呂上がったよー」
わたしがお風呂からあがると、居間には歩姉さんしかいなかった。
歩 「渚沙さん、温まれましたか?」
渚沙 「うん。お先です。……歩姉さんだけ?」
歩 「ええ。みなさん、お部屋にいるみたいですよ」
渚沙 「あ、そうなんだ」
なんとなくホッとしてしまう。
りんかとリョータが一緒にいるところを見ると、どうしても胸がザワザワしてしまうから……。
歩 「渚沙さん、麦茶飲みます?」
渚沙 「あ、うん。飲む」
歩さんが、冷蔵庫から麦茶を持ってきて、コップに注いでくれた。
歩 「どうぞ」
渚沙 「ありがとう」
受け取ったそれを一息で飲み干す。お風呂上がりの身体に、麦茶が染み渡っていくみたいだ。
歩 「あら、いい飲みっぷり」
渚沙 「喉渇いてたから。……麦茶って、なんか懐かしい味がするよね」
歩 「いつでもたっぷり作り置きしておきますから、水分補給は小まめにしてくださいね」
渚沙 「いつもいつも、ありがとうございます」
歩 「いえいえ」
歩 「……少しは落ち着けましたか?」
渚沙 「え゛……。ど、どうして?」
歩 「ずっとそわそわしているようでしたから」
渚沙 「そ、そうかな……?」
そう言えば、歩姉さんってあたしたちのこと、どれくらい知ってるんだろう。
あたしがリョータのこと好きなのは隠し通せてると思うけど……。
りんかが実はあたしたちの昔馴染みだってこと、歩姉さんって気づいているのかしら?
歩 「りんかさんが、気になりますか?」
渚沙 「え゛。そ、それは、どういう意味で……?」
なんだか見透かされているような気がして、あたしはギクッとしてしまった。
歩 「私はみんなの味方ですが、渚沙さんが一歩踏み出せないでいるのなら、応援したいと思っていますよ」
そ、それって……。
歩 「涼太さんのことが好きなら、自分からアクションを起こすしかありません」
バ、バレてるー!?
ま、まさかあたしの完璧なポーカーフェイスを見抜くなんて、歩姉さんってやっぱりただ者じゃないわね……。
渚沙 「うぅ……。歩姉さんにはバレてたのね。その、い、いつから……?」
歩 「ふふふ。秘密です」
歩姉さん、謎の多い大人の女って感じ。
あたしと一つしか違わないなんて、信じられない。
歩 「そんなことより、渚沙さんがこれからどうするかの方が重要なんじゃないですか?」
渚沙 「そ、そうだけど……。がんばりたくても、あたしなにをすればいいのかわかんないよ……」
歩 「そうですね……」
歩 「男の子は突然女の子がぐいぐいくると、及び腰になってしまう場合がありますから……」
歩 「やり方は、考えなくてはいけないかもしれません」
渚沙 「そ、そうなんだ……。さすが歩姉さん」
あたしはあんまり、そういう恋愛の機微とかはわからない。
ただ、昔からリョータが好きで、隣でずっとリョータのことを見ていただけ……。
だけど今、あたしのそのポジションすらも危うくなろうとしている……そんな気がする。
歩 「特に涼太さんは渚沙さんを兄妹のように思ってるところがあって、正直異性として見られていない節があります」
ううっ、わかっていたけど突きつけられると厳しい現実だわ。
あたし、やっぱり他人の目から見ても、リョータから女の子扱いされてないんだ……。
歩 「……いえ、正確には、見ないようにしている、でしょうか」
渚沙 「それは、なにが違うの……?」
歩 「この家で男性は涼太さんだけですからね。女の子にいちいちドギマギしていたら身が持たないんでしょう」
歩 「意識してのことではないと思いますが、本能的に恋愛対象から外しているんじゃないでしょうか?」
渚沙 「な、なによそれ……」
渚沙 「あたしはリョータの小さなあれこれにいちいちドギマギしてるんですけど!?」
渚沙 「なのに、勝手に対象から外さないでほしいわ!」
歩 「違うんですよ、渚沙さん。これはいいお話なんです」
渚沙 「へ?」
今の話の中に、なにかいい話があっただろうか?
歩 「だって、涼太さんはそうしないと身体が持たないくらい、渚沙さんに魅力を感じているってことなんですから」
渚沙 「ええっ!?」
渚沙 「そ、そうかな……」
歩 「間違いありません。お姉さんが保証してあげます」
渚沙 「うぅ、それはそれでなんか恥ずかしいわ……」
でもそう言えば、ちょっと前に着替えを覗かれちゃったときは、結構スケベな顔してた気がする。
覗かれたのは恥ずかしいけど、あたしの身体で興奮してくれたって思うと……それは、ちょっと嬉しい。
歩 「だから、渚沙さんがするべきことは、ちょっとした女の子らしさと……」
歩 「涼太さんへの好意を、わかりやすい形で表現することです」
渚沙 「わ、わかりやすく……?」
歩 「わかりやすいことは重要ですよ? ちゃんと女の子として認識してもらう、ってことですね」
歩 「いわゆる、アプローチ、ってやつです」
渚沙 「アプローチ……。なんか……は、恥ずかしい」
歩 「ですが、渚沙さんから動かなければ、なにも変わりません」
渚沙 「そ、そうよね……」
これまでなにも変わらなかったんだもの。
今から急にリョータの方からあたしを好きになってくれるなんて、あるわけない。
それくらいは、あたしにだってわかる。
渚沙 「わかった。や、やるわ!」
渚沙 「……と言っても、なにからどうすればいいのやら」
やる気になって気が付く、自分の女子力の低さ。なんだか早くも挫けそう。
歩 「渚沙さんの得意なお菓子を作ってあげる、というのはどうでしょうか?」
歩 「以前、涼太さんは渚沙さんのチーズケーキを大変褒めていましたよ」
渚沙 「そ、そうなの……?」
歩 「はい」
渚沙 「そ、そういうのは本人の前でしなさいよね、まったく」
渚沙 「でもそっか。チーズケーキ……」
歩 「お菓子作りは女の子らしい特技ですし……」
歩 「そこですかさず、みなさんには内緒で涼太さん専用のチーズケーキを一個余分に焼いてあげてはいかがでしょう?」
渚沙 「リョータ専用? な、なんか恥ずかしいかも……」
歩 「きっと、涼太さんもそう感じてくれるはずです」
歩 「女の子の好意というのは、男の子を特別扱いしてあげることで伝わるんですよ」
渚沙 「そ、そっか。恥ずかしがってる場合じゃ、ないもんね」
渚沙 「あ、ありがとう! 歩姉さん。なんか、やれそうな気がしてきたわ!」
歩 「いえいえ、お礼には及びませんよ」
歩 「渚沙さんは、悔いのない恋をしてくださいね」
渚沙 「うん!」
渚沙 「じゃあ、あたし部屋に戻って明日の準備するわ! 本当にありがとう、歩姉さん」
そう言い残して、あたしは自分の部屋へ急いだ。
そんなにたくさんの準備が、今からできるわけじゃない。
だけど、長年どうしていいかわからなかった問題の解き方が、突然目の前に降ってきたような気がして……。
なにかしていないと、落ち着かない気分だった。
(to be continued…)