涼太 「こんなものかな……」
机の上に広げていた書類をまとめ、ファイルに収める。
昨日も今日も明日も、書類の整理。
なにしろ、歴史だけは長い学園なので、片付けても片付けても、温泉みたいに古い書類が湧いて出てくる。
涼太 「ふー、まだ暑いなあ」
そろそろ夕方だっていうのに、肌が汗ばんでいる。
涼太 「ん? メッセージか」
机の上のスマホを確認すると、[渚沙/なぎさ]からメッセージが届いていた。
涼太 「今日は先に帰る、か。わざわざ断らなくてもいいのに」
思わず苦笑してしまう。
あいつ、図書室で本を読んでくって言ってたな。
まあ、帰りに図書室に顔を出そうと思ってたから、寄り道する手間は省けたか。
涼太 「こっちも終わりにするか。ま、慌てることもないし」
無限湧きとしか思えない書類との格闘は、この学園の生徒会長の定めだ。
でも、やりすぎると後世の生徒会長の仕事を奪うことになる。
そんな悪い会長にはなりたくないな、うん。
まだ整理できてない書類を適当に片付けて。
帰るにはちょっと早いけど、たまにはいいだろう。
涼太 「明日から――夏休みだしな」
時間的にはそろそろ夕方なのに、日差しはまだ厳しい。
学園から少し歩いてきただけだというのに、背中には汗が滲んでいる。
涼太 「途中で飲み物でも買っとけばよかった……」
なんて後悔しても遅い。
そもそも、この町には商店ってものが、とてもとても少ない。
駅前は多少にぎわってるけど、コンビニなんかもなくて、自販機もほとんど置かれてない。
要するに田舎――それも“ド”がついても誰も文句は言わないだろうってくらい寂れてる。
ま、もうとっくに慣れちゃったから、別に不便とも思ってないけど……。
寄り道する場所と言えば――
商店街か、商店街でなにか買って、ここに来るのがおきまりのコースだ。
今日は飲み物もないけど、この神社の境内は、すぐそばの山から吹いてくる風のおかげで、少しだけ涼しい。
気のせいかもしれないけど、町の中でも特に空気が澄んでる感じもするし。
涼太 「しっかし、明日から夏休みだっていうのに、カラオケとかでもなくて神社で夕涼みとか……」
たまにだけど、田舎暮らしがむなしくなることはある。
涼太 「ん……?」
なんだ、あれは……?
神社の境内で、変なものが動き回ってる。
本当に、なんなんだ……?
……いや、女の子なのはわかるけど。
涼太 「誰?」
思わずつぶやいてしまう。
見覚えのない女の子がいる、というのはかなりの異常事態だ。
だってこの狭い町、ほとんどの住民は顔見知りだから。
あの子、俺とほぼ同年代だろうし、歳の近い女の子で顔も知らないなんて、そんなことあり得ない。
涼太 「つーか、なにしてるんだろ……?」
いや、それもわかってるけど。
彼女は――踊ってる。
ご丁寧に手に扇子を持って、ひらひらと舞い踊ってる。
でも、服装は妙に垢抜けた可愛らしい服装で、もちろん巫女さんとかじゃない。
涼太 「…………」
でも、なんだろう。
妙に手慣れているというか――ぱっと見、メチャクチャな踊りだけど、上手くリズムを取っていて、手足の動きもずいぶんと綺麗だ。
ああ、そうだ……今、気づいたけど。
あの子、メチャクチャ可愛い……。
??? 「…………っ!?」
って、気づかれた!?
や、やばい、逃げないと……!
涼太 「…………ん? なんでだよ!」
??? 「なっ、なにが!?」
あ、向こうもまたびっくりしてる。
えーと、別に逃げることはないよな。
幼い頃から通い慣れた神社で、別に立ち入り禁止でもない。
この子が公共の場で踊ってただけで、それを見物しただけで文句を言われる筋合いもない。
涼太 「金ならないぞ……?」
??? 「だ、だからなにを言ってるの!?」
涼太 「先に断っておかないとな。見物料なんて払えないから」
??? 「そ、そんなもの要求しないけど……なにその被害妄想は!」
涼太 「……ああ、どうも周りにクセが強い奴が多いもんで、思考が先回りしがちなんだ」
??? 「君、どんな人生送ってるの……?」
涼太 「…………っ」
涼太 「この子を、気絶させるわけにも……いや……いやっ……!」
??? 「聞いただけで気絶するの!? そんなにひどいの!?」
涼太 「って、違った。俺のことはいいんだよ」
涼太 「そんなことより、おまわりさんと救急車、どっちを呼んだほうがいい……?」
??? 「また思考が先回りしてる!?」
さっきから、よく叫ぶ女の子だなあ。
涼太 「いや、どう考えても神社で踊り狂ってるとか、普通の人間の所業じゃないだろ」
??? 「所業って……ああっ、そうだった!」
女の子は、世界の終わりでも目撃したような顔で絶叫する。
??? 「と、とんでもないところを見られた……」
??? 「もう[殺/や]るしかない……!」
涼太 「………………」
なんか、初めて喋る気がしないなあ。
このクセの強い感じ、周りの連中にそっくりだ。
??? 「そうだよ! 神社で一人で踊ってるとか、こんな恥ずかしいところを見られたんだよ!」
??? 「もうあなたを生かしておかないか、あなたを殺すしかないじゃない!」
涼太 「……自分を可愛がりすぎじゃないか?」
その二つ、どっちも同じじゃねーか。
??? 「蝶のように舞いながら殺す」
涼太 「そんな、恥の上塗りみたいなボケをかまさなくても」
??? 「はじの! うわ! ぬり!」
涼太 「区切りながら繰り返さなくても……」
いちいちリアクションが大きいな、この子……。
涼太 「なんなら、見たことは忘れてもいいけど……」
??? 「……代わりになにを要求するつもり?」
あ、ゴミを見るような目をされた。
涼太 「別に、なにも要求しないって」
そう言っても、女の子はジトっとした表情を崩さなかった。
うーん、疑り深い……。都会の人間って、みんなこうなのか?
涼太 「君、この町の人間じゃないだろ?」
??? 「急に話が変わったね。そのとおりだけど、なんでわかったの?」
涼太 「都会だと、公園とか駅の広場で踊ってる人とかいるんだろ?」
涼太 「てっきり、ああいうノリかと」
??? 「都会に偏見があるみたいだけど、今時はあまり踊ってる人とか見ないよ」
??? 「だいたい、ああいうのはリア充がやってるんだよ」
涼太 「リア充……リア充ねえ……」
リア充――そんな単語自体、ここらじゃあんまり口にする人間もいないわけだけど……。
涼太 「君は……そうじゃないのか?」
見た目は可愛し、服装もばっちりだし、いかにもなリア充オーラを漂わせてるよな。
??? 「そこはご想像にお任せするよ」
涼太 「ふーん……」
つまり、リア充じゃないってことか。
ていうか、なんで俺は初対面の女の子とこうも気さくに話し込んじゃっているのか。
女の子慣れなんてしてるわけでもないのに……なんか、この子、テンポっていうか、空気感というか、凄く話やすいんだよな。
??? 「とにかく、踊りのことは忘れて。わたしも黒歴史として魂に刻んでおくから」
??? 「暑すぎて、扇子なんか買っちゃったのも悪かった……」
涼太 「…………」
よくわからんが、彼女が勢いで行動するタイプだってことはわかった。
わかったから、どうということはないけど……。
(to be continued…)